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日々の破片

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著作一覧

2007-01-21

_ カントとの出会い

啓蒙とは何か 他四篇 (岩波文庫 青625-2)(カント/篠田 英雄)

なんでもやってみるものだな。

どこかの誰かがアフィリエイト経由でカントの啓蒙とは何かを買ったのだった。カントは子供のころ、正確無比な行動のおかげで近所の人たちが時報代わりに使ったというエピソードくらいしか知らずに過ごしてきたから、この人がルソーなんかのフォロワーだということすら知らなかった(あるいは知っても忘れていた)。でも、時計のように暮らすってことは、時間を無駄にしないとも言えるわけだな。ただものじゃない(少なくても真似できないし、したくない)。

そこで、これも何かの機会だからと買って、他に読む本もあるんだが、各論考が短いからっていうのもあってつい読んでしまった。

感動した。すげぇおっさんだ。これが、18世紀、明治維新の100年前に書かれたことなのか。すでに民主主義とか集団知(!)とか、について考察してたのか。

哲学にはいくつかの目的があるが、カントの目的は政治の持つ2つの側面のうち、富の分配と利害調停では無いほうの側面、つまり富を蓄積しやすくするための治世の方策のほうの哲学だということを知った。(このジャンルの哲学をおれが好むということもある。中国の諸子百家の各種哲学というのも、ほとんどはこのジャンルに属する。つまり、優れた王は優れた治世により国民を富ませる。しかしその治世の方策は属人性に帰する(その王様が偉かったということ)。したがって、次の王、別の王、異なる国では、そのような治世を行えない。したがってせっかくの治世の方策が無駄になる。そこでこのジャンルの哲学は、その属人性に分け入り、普遍化することで(経綸とすることで)、劣った王でも優れた治世を可能とすることを最終的な目的とする。今は王が不在なので、そしてそんなものには戻って来てはほしくはないのだが、そこでこの種の哲学も限りなく不在にならざるを得ない)。

カントの場合は、啓蒙君主のフリードリヒ2世の治世を元に考察する。啓蒙というのは、他人の考えの影響下にある状態を抜け出し自分で考えるようになることだ、というのが当面の結論だ。

次に、それが無秩序となり破壊方向に進まないための制限を加える。

公共の福祉という考え方の原点にはこういう哲学があるのだろうな。

社会益となるものについては無制限の許可を与え、個人益となるものについてはこれを制限する。

戦場で出会った敵は撃ち殺し、上官の命令には絶対服従せよ。兵役についているというのは個人のロールである。理性を私的領域に使用する自由は制限されているのだ。しかし、非殺を説き、不服従の哲学を展開するのは大いにやるべし。その論を張るというのは公のロールである。理性を公的領域に使用するのは完全に自由だ。牧師は説教壇の上では神の愛を説かなければならない。しかし、無神論の著述を行うのは大いに結構。

そのようにして、多くの論が生まれお互いに揉まれることで、社会は反動したり進歩したりしながら、正しい道筋を進んで行く、というのが要点だった。

それにしても、おれは啓蒙君主というものを長いこと誤解していた。単に学問にお金を出したという程度のものだと思っていた。そうではなく、少なくてもカントが描くところの(時代的な制約や政治的な立場などを差し引いた上でも)フリードリヒ2世は、言論の自由を保証した故に啓蒙君主なのか。

ところで、アジャイラーはカントに影響を受けたのだろうか?

(引用注—他人の指導がなければ自分自身の悟性を使用し得ない状態にとどまっている原因は)悟性が欠けているためではなくて、むしろ他人の指導がなくても自分自身の悟性を敢えて使用しようとする決意と勇気とを欠くところにあるからである。…(略)…「自分自身の悟性を使用する勇気をもて!」——これがすなわち啓蒙の標語である。

どうも、この「勇気」という言葉がすごくアジャイルっぽく響くのだ。そして、どうも哲学のもつ政治の方策面への関与という側面を強く現在において受け継いでいるのが、プロジェクト管理に関する方策面での種々の論考なように感じるからだろう。

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]
_ eto (2007-01-22 14:01)

カント、いいっすよね。

_ arton (2007-01-22 21:19)

よかったです(とは言え批判3部作は永遠に読まないと思うけど)。

_ eto (2007-01-23 12:38)

えー,批判三部作もいいっすよ.<br>とりあえず,プロレゴメナおすすめ.<br>あと,世界永遠平和のためにもよかったなぁ.

_ arton (2007-01-23 14:45)

そう言われると読みたくなっちゃうな。春休み(無いけど)用にプロレゴメナは確保しとこうかな。(デカルトの方法序説はそう訳されてるのに、なぜプロレゴメナは序説と訳さないのかな? フランス系哲学者とドイツ系哲学者で翻訳に対する考えが違うんだろうか? それになぜ批評ではなく批判なんだろう。kritikってcriticじゃないのかな)

_ eto (2007-01-23 19:37)

なぜ批評でなく批判でなければならないのかの説明も出てきます.<br>たしか純粋理性批判だったかな.<br>おお! って気持ちになります.

_ arton (2007-01-23 19:51)

む、興味を惹かせるのがうまいなぁ。<br>ところで、etoさんは、どの版でお読みですか?(もし翻訳だったら、どれが良いかとかあります? なんか中山元という人が良さそうなんですが。というのはなぜ、デカルト以降の哲学者が母国語で出版しているのか、という理念と通低するものがあるらしいからですけど)

_ arton (2007-01-23 19:52)

通低じゃなくて通底。IME2007では変換されない。


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