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日々の破片

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著作一覧

2019-07-13

_ フルスクラッチから1日でCMSを作る シェルスクリプト高速開発手法入門 改訂2

アスキーの鈴木さんからもらったので、軽く読んだ。

この本、考えてみると次の点からとても良い本だと思う。

・Unixの良く使うコマンドを一通りコンテキストの説明つきで実際に使う

・とにもかくにも動くCMSが作れる

特に重要なのは1番目の点で、sed、grep、awk、cat、man、sort、findとか別にコマンドの説明書ではないから、あくまでも必要になったので使うという書き方だが、こういうのって、頭からman読んだりしても覚えられるものではないし、かといってコマンド順の解説書とかつまらなくて読む気にもなれないし、結局は具体的な打ち方がわからないからman読んでもなぜこういう出力となる? となったりするので、網羅的に使いまくる必要も必然もあり、実際にこう打ってこう出るということが示されるこの本の仕組みは良いものではなかろうか。というか、良いものだ。

で、古くからの定番に加えてgitどころかletsencryptまで出てくるので、現実性も高い。

というわけで、いきなりプログラマーではなく(このタイプの人はRails入門とかNode入門とかのほうが良いだろ)、いざとなったらサーバー管理する必要もあるし、シェル環境を全部使えないのは損みたいな正しい考え方の人で、かつUnixコマンド良く知らない、みたいな人なら手元に置いて読む価値がとても高い。

騙されたと思って先頭からくそまじめに読んでUnixに慣れ親しむのも良いし、ちょっと気軽にそういえばsortの列指定ってどうやんだっけ? とか聞けない環境にいるなら、ある種の問い合わせ用として(辞書的な使い方とは違うけど、へたに「sort カラム 指定」とかグーグルしてゴミの山をかきわけるよりも、索引でsortを引いて出てくる数ページを順に眺めるほうが効率がはるかに良い)手元に置いておくと良いと思う。

あと、なんか(正直なところ)それほど役に立たないBootstrap入門が1章あるのがちょっとおもしろい。おもしろいのは、これだけハードコアでも見た目は気になるってところかな(自分でも良くわからん)。

いずれにしても、この本自体がUnix哲学のインスタンスだから、なるほど、Unix哲学とはこういうことですな、と恐れ入るのも良いし、虚心に学ぶのも良い、実に良い本だ。

フルスクラッチから1日でCMSを作る シェルスクリプト高速開発手法入門 改訂2版(上田 隆一/後藤 大地/USP研究所)


2019-07-14

_ マラーニ 通訳

書棚を整理していたら、ガリレオ書院という見慣れぬ封に入った本が出てきてはて? と思ったらマーケットプレイスで購入したらしきイタリア文学が中から出てきて、おれはいつなんでこれを買ったのだろうと訝りながら読み始めると、どうも舞台はスイスで主人公はフランス人(というのはおれの国家と国語と母言語の混乱で実際はスイス人)で、これのどこがマラーニ(という名前から判断できるイタリア文学なのだ?)だろうと考えながらも、あれよあれよという間にドイツ人同士の職場の諍いに巻き込まれていくと同時に、頁を捲る手が止まらなくなり読了。

FBかTwitterで誰かが賞賛していて買ったのかなぁ?

冒頭、主人公の独白で破滅した人間であることが語られる。一人称小説だ。

ジュネーブの国際機関の局長にまで出世した人物だが、母言語以外の言語習得に対してあまり良い思い出がない。それが通訳という母言語以外の多数の言語を習得した人間たちを管理する局長になり多忙な日々を送っている。

複数の言語を操作する人間には何か欠損があるという考えにとらわれている。

(随分と失礼な作品だと思ったら、読了後の巻末解説で、作者本人が多言語話者だということが述べられていて、自分が自分の眷族を別扱いするタイプだったのかなと思う)

ドイツ人の主任が、部下の奇行を告発する手紙を寄越す。実際得体が知れないこの部下は15ヵ国語を自在にこなす不思議な匂いを持つ男で、局長は和を以て貴しとなしたいのでなかなか馘首を宣告できない。

一方、私生活では家具と会話する同伴者との別離がある。

ついに免職のレターにサインをすると、さんざんつきまとわれた挙句、呪いの言葉を聞かされる。原初の言語、蛇がイブを誘惑した言語を、あと一歩で解明できたのに。

通訳は都市名のリストを残し失踪する。

呪いのせいで、局長は突発的に通訳と同じ謎の言語を語る発作に見舞われるようになり、ついに免職、ミュンヘンにある怪しげな精神科医のもとで言語治療を受けることになる。最初にルーマニア語の習得から始まる。

その後、殺人事件に巻き込まれ、自動車ギャングとしてルーマニアの田舎を荒らしまわることになり。ミュンヘンでは浮浪者となる。

さらにリトアニア、エストニアと旅は続く。

最後、すべての謎が解明される。

おもしろい!

通訳 (海外文学セレクション)(ディエゴ マラーニ/Diego Marani/橋本 勝雄)

(既に絶版なのでガリレオ書院なのだな)

ルーマニアのあたりは、ひょんなことから転落した男がギャングになるロードムービーで、気狂いピエロや暗くなるまでこの恋をを彷彿させるし、全体的にはまじめな官僚がちょっとした偶然で山賊になるフルスタリョフ、車を!を彷彿させるし、読みながら映画の記憶ががんがん甦る。特にルーマニアのシーンは好きだし、オデッサの海岸に打ち上げられた一角の群れのシーンも悪くない。

実に良い読書体験だった。

フルスタリョフ、車を! [DVD]

(フルスタリョフの主役の見てくれは精神病院で一緒になる大佐みたいだが、それにしても何か相通じるものがある。フルスタリョフでは逆転からの解放で掴んだ自由を満喫している笑顔で終わるところに通底する心持と同じものを、まったく笑顔はないが、主人公のルーマニアでのギャングっぷりに感じたのだろう)


2019-07-18

_ 小豆汁を凍らせるとなぜ極端に硬いんだろう?

妻がスノーデザート雪花というのを買ってくれたので、毎晩ガシガシ山ほど買い込んだキッコーマン(いつの間にか紀文ではなくなっていてなぜだろうと調べたりしてここも結構おもしろかった)の豆乳のブリックパックから1つ選んで削って食っている。

何しろ山ほど種類があるというか、意識してみたら驚くほどいろいろあっておもしろい。

キッコーマン豆乳 200ml各種詰合せ 36本セット(12種類×3本づつ) 常温保存可能 

雪花というのはぷにゃぷにゃのプラスティックというかポリエステルみたいな材質のおもちゃで、凍らせたブリックパックがすっぽりおさまる持ち手を上から押さえつける強力スプリングがついた押さえで押し込みながら、手動でカンナの上をすべらせると、しゅるしゅるかき氷が作れるというすぐれものなのだ。スプリングがついた押さえの案配が良いみたいだな。あと、不思議と安全設計なのか刃には凍らせた豆乳以外は当たらないようになっていて、空になったらスプリングの押さえが刃に当たるのではないかと思っていたら全然そんなことはない。

で、気分よく電光石火、電光石火と歌いながら削っているのだ。

ラブレター/電光石火(THE BLUE HEARTS/甲本ヒロト)

ただ、狭い範囲をシャカシャカ単純な動作を繰り返すさまが、まるでウォール街の成功したマーティン・シーンが念願の自動寿司マシーンを買ってくるくるくるくるせせこましく回転させているところみたいで、物悲しくもあっておもしろい。

ウォール街 (字幕版)

妻と二人で成功の象徴がくるくる回しかよと爆笑したのが忘れられない名シーンなので、いやでも意識せざるを得ない。

というのはどうでも良くて問題は小豆なのだ。

メロン、バナナとか実に気分よく削れるのだが、一昨日選んだ小豆は最悪だった。

キッコーマン 豆乳飲料 あずき 200ml×18本×2箱(36本)【梱包C】

これが硬いのなんのって、全然、シャカシャカ気持ちよく削れない。とにかく硬くてひっかかるのなんのって。ガリンコーうんうんガリンコーうんうんみたいな感じだ。もちろん電光石火でもないし、マーティン・シーンのくるくるでもない、ほとんど重いコンダラのようだ。

で、早くも刃がダメになったのかと暗澹たる気分になったわけなのだった。

ところが、昨日取り出した(上から適当に取り出すので何が出てくるかはわからない)アーモンドはまたしてもバナナやメロンのように電光石火の超特急でシャカシャカ削れる。

はて一昨日のあれはなんだったんだ?

で、今朝目覚めて思いついた。

世界で一番硬い食べ物と評判の井村屋のあずきバーだ。

【井村屋アイスクリーム】 BOXあずきバー 8箱入

まったく理由も理屈も想像がつかないが、小豆汁を冷凍するととてつもなく硬くなるに違いない。

あずきバーが世界で一番硬いのなら、豆乳のあずきを削るのが地獄でもそれほど不思議ではないかも知れない。

それにしても不思議だが、2度と豆乳の小豆は雪花用としては買わない。やはりメロンやバナナが最高だ。

スノーデザート 雪花

追記:

おぎじゅんから、井村屋にも専用機があると教えてもらった。

こっちはハンドルクルクルなのでますますマーティン・シーンっぽいが、小豆の硬さには絶対ハンドルのほうが有利だな。

おかしなかき氷 井村屋 あずきバー


2019-07-20

_ 天気の子

家族で豊洲に天気の子を観に行く。

予告編がやたらとアニメばかりで、なるほど、本編に合わせて予告編を組むのかと今まで気づかなかった発見をした。

ほとんどすべての風景に見覚えがあってすごくおもしろい。外苑の競技場が屋根付きの来年仕様になっていたり、存在しそうもない放送棟(かどうかは知らんけど)があったりするから、微妙な時空のずれが映画で実に気持ち良い。

ただ、観ているときは、なぜ山吹町(太田道灌の山吹の山吹なわけだが)に歌舞伎町へ行くのに都バス(ミンクルが違うと子供が言っていたが気づかなかった。そのあたりのスポンサードされるされないでの位相ずらしも丹念に拾うとおもしろかろう)に乗るので不思議になる。

後になって、山吹町(今は亡きマラバールに通い詰めていたので良く知っている)と、東大久保富士のある山吹坂(道灌はこっちだ)が頭の中でつながっているだけで、実際はえらく離れていることに思い当たって(自分の頭の中の地図のいびつさに)驚いた。本物は早稲田の裏というかほとんど神楽坂のほうなんだから、そりゃバスに乗る道理だ。(さらに考えてみると、山吹というキーワードと都立高と区民ホールの2つのメルクマールと道路との位置関係を頭の中で重ねて映像化していて同じ場所扱いをしていたようだ)

同じように田端の坂道が、どうにも大崎から大井へ続く細い坂道に見えてしまうのも不思議なところだった。見慣れた風景に似ているからだろう。

というような風景の切り取りのおもしろさで抜群なのはバニラバニラで、仮に300年後にこの作品を元に考現学をした場合のバニラバニラの位置づけがどういうものになるか見てみたいものだ。

物語的にはちょっと世をすねて斜に構えた中年男が主要な人物になっているところがおもしろかった。宝島のジョンシルバー、ムーンフリートのフォックスのような立ち位置の人物が配されているのは好きだ(なぜか神明と犬神明の関係を唐突に想起したりもする)。意外なほど正統的なビルドゥングロマンでもあるのだな。


2019-07-21

_ 新国立劇場のトゥランドット

これはすごかった。

大野監督自らが振るので、遅くて退屈するのではないかと思ったら全然そんなことはないが、音楽はもとより、おそるべきは演出のおもしろさだ。

ちょっとエッシャーの牢獄の入り組んだ階段のエッチングを思わせなくもない構造的な建造物を背景にトゥランドットが始まる。最初は子別れのシーンで、これは何を意図しているのだろうか? 祖母とトゥランドットなのかな? それともカラフが王宮を追放されたのはこんなに幼い頃だったのだろうかな?

始まる前についプログラムを読んでいたら、大野と演出家のオリエがお互いの噛み合わない主張でやりあっている。大野がアルファーノの大団円でいいじゃんと言えばオリエがあんな終わり方じゃあリューが報われないだろ、あんなの無いよ、おれはイヤだよ。いや、あれはプッチーニが残した部分を考えれば当然至極だよ、いやリューが重要なんだよ、なんだよあの終わりは。

で、オリエは、まあ舞台を引っ繰り返してやると息巻く。

むちゃくちゃおもしろいではないか。

以前の演出はサーカスか何かのキャラバンの中での劇中劇としてのトゥランドットで、それはそれで悪くはない演出だったが、こちらのほうが好きだ。というか、色合いが西村作品のものに近い。そういえば、マクヴィカーのトリスタンの色合いもこんな調子だった。大野の趣味なのかな? おれは好きだ。

歌手も抜群。

完全に2組の交代(皇帝を除く)で、この日はジェニファー・ウィルソン、デヴィッド・ポメロイ、砂川涼子なのだが、砂川涼子のリューは絶品、ポメロイや実に良い声でおおカラフですな、ウィルソンは貫禄たっぷりでこれまた見事なトゥランドット。実に良い。

ピンパンポンが妙に1幕では土方みたいな服で出てきてなんじゃいと思ったが、2幕、3幕とだんだんまともな服になっていくのは良くわからん。歌にある瀕死の中国がカラフのおかげで徐々に良くなっていくことを象徴させたのかな。

負けるな謎解き名人のところでは、群衆が握手を求める。実に気持ちが良い演出。

リューの死はなかなかに壮絶だが死体がいつまでもいつまでも存在し、トゥランドットはそこから離れない。

愛のために自分の命を捨てるというのは、ワーグナー風の女性の自己犠牲による世界の寛解なのだが、それを逆手にとった解釈なのだろう。

ひっくり返すとしたら他に手段はないだろうから(同じ新国立のコジ・ファン・トゥッテのような終わらせ方もないわけではないが)、悪くはない。

それにしても、良いオペラハウスが近所にあるのは実に幸福だ。


2019-07-24

_ 日本の神話・伝説を読む―声から文字へ 読了

通勤中にちまちま読んでいた日本の神話・伝説を読む―声から文字へを読了。

昼飯食いに入った寿司屋のテーブルの下に置いてあって、ぱらぱら見たら、狂風記に出てきた市辺忍歯皇子とかも出てきてまあ読んでみるかとマーケットプレイスで購入したのだった。確かにあっというまに絶版になるのもわからぬでもない、天下の奇書だった。

「な……なんだってーーーー!」でおなじみのMMRによく出てくる無理くりな語呂合わせで謎を解いていくスタイルの元ネタは、この先生の学問なのか? と思わず考えてしまうスタイルである。

たとえば、

武埴安彦の妻がもつ『吾田媛』という名にも、物語的な背景がありそうである。

「仇をなす」というやや古い表現があるが、この「あだ」は中世までは「あた」という語形で用いられた。『万葉集』では、その「あた」に〈敵〉〈賊〉などの地を用いている。

(万葉集の引用)

「吾田媛」の「あた」は、この「あた」だと考えられる。彼女は、謀反を起こす前に、謀反の成功を願って(後略)

という調子で、出てくる名前、地名、事象、象徴的な物品、それぞれの言葉についての発音を中心にして意味を見出していく。

どう発話したかの傍証として万葉集からの引用もがんがんある。

のだが、そこには新たな発見があるわけではなく、そういうものだ、ということを延々と繰り返して物語を還元していくのであった。

記紀は、口承を文字化したものだからだ。

そこから、最初から文字で記述することを考えて作られた平安時代の説話との違いとして、いかに音韻と物語が表裏一体にあるのかが考察されるというよりも、その考察がほぼすべてだ。

なんだこれ?

でも、結構おもしろくて、結局全部読んでしまった。

それにしても、日本の人たちにはあきれるばかりだ。

以前見たNHKの歴史番組で、恋の歌しか日本には無いというのを知ったが、記紀も適当に引用すると、セックスの話しか書かれていないんじゃないか。子供用に訳するとそれなりに物語があるようだが、基本書かれているのは、天皇がどこそこにいってそこで見かけた美人にこなをかけて、思わずやってしまって子供ができた、というのばかりなのだった。引用される万葉集もすべてがすべて、あんたのことが好きだから夜になったら遊びに行くから待っててね、とかそんなのばかり。

日本人は、せっかく中国から借りてきた文字を使って何をしたかといえば、こんなことをしていたのだな。

そんなぐあいで、何かというと女性は陰部を細長いもの(矢だったり棒だったり)で突いて自殺する。なんだこれ? そもそもそんなことでは死なないだろうから、出産で死ぬことの表現なのか、それともまったく意味がないのか(それにしては、複数の物語で、陰部をついて自殺したり殺されたりするのが謎だ)、でも、この先生(学習院の教授らしい)はそこには興味はあまりなさそうだ(取り上げている記紀の話にはやたらと多いが、おそらくこの先生の興味の対象である名前(一番音と言い換えが頻出するからだろう)がしっかり書かれているのが、そのタイプの話だからに違い無さそうだ。

しまいには、

矢はたちまち美男に変身して、彼女と結婚しました。

そうして生まれた子は、富登多多良伊須須岐比売命と言い、別の名を比売多多良伊須気余理比売《これは、名の「ほと」ということばを避けて、あとになって改名したのです》と言います。

それで、その子を神の御子というのです。

で、その子はその後に天皇と結婚するわけだが、この名前の紹介がそのまま音韻として物語と等しく、つまり口承するにあたって、言葉から出る音で物語が補完され、記憶されて、それが複数の名前になる(そもそも、ほとはないだろといって改名するくらいなら、最初からそんな名前をつけるわけがなく、ということは、その名前は単に物語を説明するための音なのだ、という理屈となる)。

日本の神話・伝説を読む―声から文字へ (岩波新書)(佐佐木 隆)

でもまあ、おもしろかったのは事実だが、まともな文字を使った文章の出現には平安時代を待つ必要があったのであった。

_ 言葉と文字

言葉はその場限りで消えていくので、物語を繋ぎとめるために、音を使って(たとえば名前と筋を等しくすることで)いたのではないか、いやそうだ、だから記紀はそう読むのだ、というのが『日本の神話・伝説を読む―声から文字へ』だ。

それまで言葉だけだった口承のものがそうやって文字として定着させることができて、はじめて、論考が可能となる。フローとしての言葉ではない、ストックとしての文字となることで客観的に考証できるからだ。

日本だと、それが奈良時代ではまだできず、平安時代を待つ必要があった。そのくらい時間がかかるのだ。

でも、元に戻すのにはそれだけの時間はかからず、あっという間に、恋の話と、誰それのゴシップだけに戻せる(つまり、記紀と万葉集だ)。

ということをさんざん1960年代にテレビが猛威を振るい始めてから別の言い方で警鐘されてきた。

映画や音楽は繰り返し再生可能メディアなので、まだ文字に近い。

評論という場の有無がそれを示す。

一過性情報は言葉と同じだ。が、ストックされることで文字と同じとなる。

なるほど、オタクの人たちがDVDを買い、放送を録画し、なんども映画館に足を運ぶ道理だ。だから、彼らはそれについて、たとえば世界と彼女として、物語の枠外にある世界について語れるわけだ。文字かどうかはあまり重要ではない。繰り返し再生が可能かどうかだ。しかし、それは普通の人たちの楽しみ方ではない。普通の人たちはせっかくの映画を音楽をアニメを言葉のようにフローとして消費するだけだからだ。そこに残るのは万葉集と記紀の世界しかない。

おもしろい。


2019-07-27

_ オン・ザ・タウン

子供におごってもらって東京文化会館でオン・ザ・タウン。

文化会館についたら、オペラの客層なので、ミュージカルと聞いていただけにえらく戸惑う。芸大ホールの間違いか?

でもチケットを見ると間違いない。で、よくみるとバーンスタインの作品で佐渡裕が手兵の兵庫芸術文化センター管弦楽団を振る舞台で、なるほど、作品はミュージカルだが舞台としてはオペラのコンテキストなのかと納得する。それにしても本当に客層が分断されているな。

で、子供からは(バーンスタインどころか)3人の水兵が町に1日限りの休暇を過ごす話らしいとしか聞かされていず、3人の水兵といえばニューヨークニューヨークだよなぁと聞くと、でもニューヨークじゃないと思うよ、だってタウンだしと言われて全然違う作品だと思っていたのだった。そのときはIt's a wonderful town! と続くのをころりと忘れていたというのもあるけど。そもそもあのミュージカル映画の音楽がバーンスタインだということも知らなかった。(オン・ザ・タウンを観ている間はwonderful townじゃなくてヘル言っているみたいだと思って今調べたらit's a helluva town! (反語表現)となっていて映画ではコードにしたがって変えたのだった)

で、これが発見に満ち溢れたすごくおもしろい舞台だった。まず指揮と演奏が抜群で、キャンディードなんかではまったく気が付かなかったが、どえらくガーシュウィンの影響があるジャージーな音楽のオーケストレーションで、ということはリズムやソロにアドリブ臭さが混じるのだがそれが実に自然で今まさに演奏しているとは信じがたい。

プログラム(えらく立派なものがチケット代に含まれてついてくる)を読むと、映画化にあたってはプロデューサーがバーンスタインの音楽はあまりに前衛的だから映画の観客には通用しないだろうとほとんど差し替えまくったとかある。

が、聞く限り、これがだめなら巴里の亜米利加人とかあり得ないだろうと不思議になる。逆に言うと、そのくらいガーシュウィンっぽいのだが、踊る大紐育が1949年、同じドーネン・ケリーでも巴里の亜米利加人は1951年だからその間に観客も進化したのか(あり得ないな)、歌手のシナトラがいなくなったので歌を使う必要がなくなったからかな。

ただ、今、映画の年代が1949年ということでちょっと理解した。

原作は1944年だし、どうみても一番重要なテーマはおそらく主人公のゲイビー(映画ではジーン・ケリー)のゲイビーが町にやって来たと、寂しい街(誰も僕を気にしない)と僕が僕で良かった(と幸福な気持ちで恋人を待つが期待は裏切られる)だからだ。もちろん寂しくなくなってあわただしく終わるわけだが。

物語はニューヨークに停泊した戦艦から24時間の休暇を与えられた水兵が町に飛び出す。

そのうち3人組、ゲイビー、チップ、オジーの話となる。地下鉄に乗って移動中だ。チップは父親からもらったガイドブックにしたがって名所を見ようとする(実はすべてが古い……劇場は廃業していたり最高峰は40 ウォール・ストリートかクライスラーだろうが、クライスラーとは言っていなかったように思う……とか)。オジーはとにかくナンパするか夜の町で女性を買うことしか頭にない。ゲイビーはもやもやしている。そこに、地下鉄のプロモーションのために毎月乗客から若い女性をポスター化するという今ではないよなぁ、良い時代になったよなぁと思わせるようなミス改札口の最新のポスター(アイビー・スミス)を車掌が貼りに来る。一目見てアイビーをゲイビーは気に入ってしまう。なんと刹那的、でもそれがテーマだとはね。

熱い男のオジーは、いやがるチップを説き伏せて、ゲイビーを彼女とデートさせることを目標とする。

と決まると、ガイドブック野郎のチップは計画力があるので、3人で調査するための場所の分担と集合時刻を決めてさっそく3手に分かれて行動が始まる。

最初に地下鉄局への問い合わせを担当したチップは、居眠りしていたためにタクシー会社をクビになったブリュンヒルデ・エスタハージ(ニレジハージみたいな名前だからハンガリーで、名前がドイツだなとか思ったので印象深い)と出会う。ブリュンヒルデはチップに一目惚れして嫌がる彼を家に連れて帰る。そこにはルームシェアしているルーシーという風邪ひきの女性がいる。本来は昼夜交代で部屋を使うはずが風邪ひいて仕事を休んでずっと家にいるのだ(というのが居眠りしてクビになるのはこれの伏線だったのか)。ここでブリュンヒルデはわたしは料理が得意という素敵な歌を歌のだが、待て、シチュエーションといい、曲想といい、詞といい、赤い波止場で中原早苗が歌う私は料理がとっても上手(日本映画の女性が踊るシーンの中でもっとも歌も踊りも女優も好きなので忘れようがない)の元ネタか、これ?

一方、美術館が趣味と書いてあったので美術館担当のオジーは間違えて自然科学博物館に行き、そこで人類学者のクレール・ド・リューヌ(なぜ月の光とこれまた印象に残る妙な名前)と恋に落ちる。クレアの家に行くと婚約者のピアースという世界でももっとも物分かりの良い男が待っている。

カーネギーホールでレッスンを受けているというような情報を頼りにカーネギーホールを探すゲイビーだが、Carnegie Hall を読めない(おれだけかと思ったらアメリカ人でも読めないのだな)ので何か違う(覚えてない)呼び方をするため誰からも相手にされずに、寂しい歌を歌う。そこはミュージカル、いつの間にか踊りの渦が巻き起こり、カーネギーホールのレッスン場でアイビーと出会い、デートの約束を取り付ける。万歳。アイビーとゲイビーで韻を踏んで、スミスは一番多いアメリカ人の名字ってことかな? というか、彼女だけ他の二人と名前が違い過ぎる。探すのが無理な名前という設定なのかも。

一方彼女はミス改札口に書いてあるプロフィールと異なり、コニーアイランドのベリーダンサーで、ブロードウェイに出ることを夢見てレッスンを受けている(のだと思うが、カーネギーホールってどういう仕組みかさっぱりわからんな。グリーンブックではドクターはカーネギーホールに住んでいたし、同様に音楽家が住居を与えられていて、中には個人レッスンを自宅で行う人もいるということなのか?)

で、2幕になると爆笑を誘う大仕掛けがみんなで遊びに行くナイトクラブ3交代で巻き起こるのだが、2つ目か3つ目で、ああ、この物語はそういう意味なのか、とはじめて理解した。もっと普通は早くわかるのかも知れないが、踊る大紐育の能天気な印象が強すぎてわからなかったが1944年ってノルマンディー上陸の年じゃないか。

多分、2個めのキャバレーでゲイビーの心を沈ませる歌を引っ込めるためにブリュンヒルデが、ここにいるのは水兵さんで今日が最後の休暇なんだ! というようなことをいうと店のものから客まで全員が拍手喝采して水兵さんのために! というような感じとなる。なぜそこまで歓待するんだ? と疑問になって、あ、ノルマンディーへ行くことになるからかと理解した。

とするとドイツハンガリーフランスの名前もそのあたりを掛けているのかな。

いずれのナイトクラブでも支払いは世界で一番物分かりの良い婚約者にクレールが押し付けるというお笑いをかませるのでついに婚約者は物分かりの悪い男になる宣言をして、ブリュンヒルデのルームメイト(彼女もなんとなく物分かりの良い女性を押し付けられている)と一緒に全員を捕まえに行くらしい。

結局、コニーアイランドでアイビーを見つけたものの、呼び込みのためにベリーダンスのダンサーを店外に連れだしていたオーナーと踊り子たちは風紀紊乱で警官に逮捕されそうになる。そこに無理矢理全員で割って入ってごちゃごちゃやって、もう帰船の時間でばいばい、また会えるよね、で入れ替わりに他の水兵がニューヨークニューヨークと歌いながら出てきておしまい。


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