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日々の破片

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2011-03-26

_ スピーチではなく唄

英国王のスピーチを観ようと、子供と早く家を出て、ル・シネマで昼過ぎのチケットを買って、マンガを買ったり飯食ったりした昼下がり、あらためてチケットを見てびっくり。10:なんとかとかスタンプが押してある。発券時刻じゃないの? とか子供が楽天的なことを言うが、そんなこたないなぁ。

で、窓口に行って、確認しなかったこっちも悪いけど、とか言ったら、あっさりと非を認めてくれて、でも今回は……と言われるまでもなくロビーは大混雑だし満員印も出ている。

で、子供がこっちも観るつもりだとか言うので、おれはまったく興味を惹かれなかったのだが、まあそういうのもありかもと、イシグロカズオのわたしを離さないでのほうに変えてもらって観た。

うーん、なんとおそるべきメロドラマ。

物語の複雑さ巧妙さは驚くべきで、いくようにでも解釈できる多層性を持つ。

が、映画としての退屈さもまた驚くべきで、音はうるさい、目線はしつこい、語りはくどくど、ゴダールなら20分の中編、ハワードホークスなら30秒のTVCMにしてしまえそうなひどい映画だ。

この映画監督がぐずなのは、主人公の女性を(おそらく観客の感情移入対象にしやすくするためだろうが)普通に生きている女性として描ききってしまったところだろう。唯一、外部の視線が入るのは海辺のカフェのシーンだけで、ここでは主人公も他の登場人物と同様の存在として描かれているが、それ以外ではすべて他の登場人物を外部から見る存在として作られている。それが、物語の構造を破壊してしまうだけの間違いとなり、その間違い(というか、間違っているのを承知で脚本と演出が作られているのは、観客の視線に合わせたいからだろう)を無理矢理つじつま合わせるために、くどい説明的なシーンと感情の流れを大げさに表現する音楽となって立ちあらわしているに違いない。

観ている間中で、退屈で退屈でいらいらするのなんのって(こういうのは作劇法の問題なので、気持ちよく睡眠に誘われるわけではなく、単にいらいらする。シュレンドルフやテリーギリアムのような超一流のふりをした108流監督に固有の現象だ。が、こっちの監督は108流までいかなくてせいぜい3流どまりなので不快感は実はないのだけど、シーンが本来持つべき緊張感の欠落はどうにもひどいものだ)。

と、映画としては最悪の代物に近いが、物語のうまさはなかなかのものだ。

過去をあり得た過去として別のテクノロジーを被せる思弁的な意味でのSFになっている。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)(カズオ・イシグロ)

男主人公の演技は、ジャンピエールレオーを模範としたかのようで、そのために、この人たちはある種の欠落を抱えたしかし私でありあなたである人たちそのものに見える。(だが、主人公が異物となっているため、単にやぼったいだけに見える)

幸福の象徴であるべき馬の印象の弱さや、いやそれはちょっとと感じさせる絵画や、真に重要な逆転の瞬間の何も考えていないかのようなスルーっぷりとか、唐突であるべきところのだらだらに対してどうでも良いところのねちねちっぷり(とか、思い出しても映画になっていないあらばかり思い出されるが、結局は監督の力量の無さが、難しいところのまともな演出の放棄と音楽任せによって、気分で流しやすいところに時間を使うことになったのだろう)。

ただ、実質的には何の救いもない物語にもかかわらず、きちんと平安と魂の救済で終わるのは見事かな(が、そういう過酷な運命をありのままとして抱擁してしまう物語というのは美しくはあるけれど、あまり良い物語とは思えない)。英国王のスピーチのほうがやっぱり観たかったな(こっちは過酷な運命に立ち向かうわけじゃん)。

追記:単に、社会というくだらないものに出て行って今日の飯のために金を稼ぐというのは自分を殺すことだというある種の若者の観点と諦観を物語化したものだ(したがって、そこには若者の悩みや喜びや悲しみがある)とみなせば、そこそこのできの映画かも知れないなぁとも思う。その意味では卒業白書とかいちご白書なんかと同じような青春映画の傑作の列に並べることもできるかも知れない。が、その見方をさせるには、ジャンピエールレオー風の男主人公の造形は失敗じゃないかとも思う。いろいろ考えさせるところは悪くはない。


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