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日々の破片

著作一覧

2013-01-24

_ アルゴ

jmukさんがちょっとおすすめしていて、Kindle用だったので(グーグル ネット覇者の真実を読了していた)買って読んだ。

アルゴ (ハヤカワノンフィクション文庫)(アントニオ・メンデス)

おもしろかった。外交の不思議さ、国家関係の微妙さ、国家機関の仕組みなどなど、興味深い話が満載のうえに、混乱している国家の中で身動きが取れなくなった人々の不条理な生活とそれを救出するための奇妙なシナリオ作成と実際の救出劇が織り込まれているのでつまらないわけがない。Kindleで読める適当な本を探しているのならお勧めできる。

このてのやつ(ノンフィクションというよりはノンフィクションノベルだと思うが)はKindleで読むのにちょうどいい感じだ(本当のことを言うと、人物が相当出てくるので、途中で誰が誰だかわからなくなりかけたが(Kindleは読み返しができないし、不思議だが検索できる人名とできない人名がある。できる人名はできるから中黒のコード違いとかではなさそうで不思議だけど、おそらく濁点がついた名前の正規化問題ではないかと睨んでいるのだった)でも、どうにかなった)。

カーター大統領の頃、イランでアメリカ大使館占拠-館員人質事件があったのだが(これは知ってる)、その裏でたまたま脱出に成功した6人のアメリカ人がイギリス人やカナダ人に助けられてテヘランに潜伏生活(まるでアンネの日記みたいだが、遥かに好条件ではある)しているのを、CIAが救出するという嘘のような(そして手の内をすべて書くことはあり得ないだろうから、ノンフィクションと言っても荒唐無稽なフェイクと当然のこととして事実が混ぜ合わされた)ノンフィクションを、当の工作員が執筆したという作品だ。

当時はカナダありがとう旋風がアメリカで巻き起こった有名な脱出劇(当時はCIAの工作で脱出したのではなく、カナダ大使館の協力だけで脱出できたと報じられたらしいの)だが、全然そんなことがあったのは知らなかった。それだけにおもしろい。

そもそもアメリカ大使館占拠事件そのものが日本から見ていると不可思議極まりない事件だった。

占拠したのは革命派(ということは、イラン国内でみればゴリゴリの極右勢力ということだ)で、政府とは無関係ということになっているのだが、しかし交渉はイラン政府とアメリカの話であり、しかもイラン政府は交渉の場に立たず、なんだかよくわからないという状況。

・近いのは文革中国かもしれない。政権と無関係に毛沢東がいてその影響下で子供と学生が赤い本を持ってそこらじゅうを破壊したり政府高官を監禁したりしている2重権力による無政府状態と、政権と無関係にホメイニがいてその影響下で学生が米英を攻撃していて政府が機能できないある種の無政府状態。

というわけでまともに交渉できないうえに、大使館を脱出して潜伏しているという状態そのものが不安定きわまりなく(脱出-潜伏しているアメリカ人=スパイ間違いなし=死刑という図式となり得る)いつ破綻するかわからないうえに、カナダも匿っていることが明らかになったときの影響の大きさにビビり始めているので、工作員の登場となる。

読んでいると、主人公であり語り手であり著者ということになっている工作員(ただし当時既にプロジェクトマネージャになっているのだが、失敗時の影響のでかさゆえに、自ら工作しにイランへ潜入する)がCIAのあれこれを説明しているときよりも、カナダ人の家に落ち着くまでの6人の逃避行が圧倒的におもしろい。

おそらく、そこには妙なフェイクが入っていないからストレートなリアリティとそれによる緊迫感があるからだろう。

それに比べて、特に著者が6人と合流すると、突然リアリティがまったく無い言葉遣いによる会話が交わされて妙な感じとなる(脱出そのものはフェイクでもなんでもなく事実のはずだが、翻訳の口調が突然、フィクション化してしまうのだった。翻訳は難しいなあ。ハードボイルド小説なら何も気にならない喋り方なのだが)。

あまり説明がないが、3人だけイラン外務省の中で比較的自由に行動しているアメリカ人外交官が出てきて、これがなんだかさっぱりわからなかった。たまたまイラン外務省にいたので、イラン政府側が大使館を占拠している勢力と無関係に外交ルートを残すために匿っていたと読めば良いのかなぁ。もっとも、3人も6人の脱出が明らかになると不利な状況となる)

もう1つ、この本の中で、さんざんならずもの国家(アメリカ固有の言い回しだ)扱いしているにもかかわらずコントラ問題がこの後で発覚したり、今ににたっても必ずしもアメリカとイランの関係は悪くない(たとえばイラクやリビア、タリバン支配下だったアフガニスタンと比べてみる)点は、地域バランスの問題なのだろうが興味深い。ヒントっぽいことが1回だけ何気なく出ているが、どうも「イランはアラブではない、ペルシャだ」ということらしい(なんだかよくわからないが、人種についての微妙なニュアンスを感じさせる)。

印象的だったのは、カナダ政府が6人のために偽造パスポートを気持ちよく発行してくれるが、CIA用の発行を頼むとあっさりと断るくだり。なんか、とても好感を持った(し、なるほどスパイというのは業の深い難儀な職業だなぁと思う)。


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