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日々の破片

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2015-10-10

_ 新国立劇場のラインの黄金

ゲッツ・フリードリヒ(名字と名前が可換でおもしろい。フリードリヒ大王がいる以上名前に使える名字だし、スタン・ゲッツがいる以上名字に使える名前だ)がヘルンシキ用に作った演出でのラインの黄金。

ウォーナーの東京リングが好きだっただけに、なんか地味な演出でつまらなそうだなぁと想像していたが、(地味ではあるが)悪くなかった。東京リングが外界と登場人物の関係性に着目しているとしたら、この演出は登場人物間の関係性に着目している。

最初真っ暗闇の中に眼の形のように空いた緞帳があり、外側をおっさんがふらふら登場する。ふらふら登場するおっさんである以上はさすらい人かアルベリヒかどちらかだろうと思って見ていると、徐々に世界に光が満たされてラインの乙女が歌い出す。おっさんはそちら側へ向かう。つまりアルベリヒだった。

(真っ暗闇でどうやって指揮者が入って来るのかと思ったが、あらかじめ隠れていたのだろう。拍手なしで始めるための演出とも言えるし、悪くない。演奏は素晴らしい)

異様に傾斜がついた舞台になっていてラインの乙女は滑り降りて、アルベリヒはうまく上れない。アルベリヒは実に堂々たるものだ(トーマスガゼリ)。

右下にポセイドンみたいな顔が落ちていて、なんだろう? と思ったが単なる遺跡のようで演出上に何かがあるわけではく、演出上の素晴らしい効果は乙女がラインゴールドと歌う瞬間に舞台中央が炎のように光を放つところにあった。これは良い。

天上は右上から妙な三角形が垂れている。奥にヴァルハラがあるように見える。

神々は白いトーガのようなものをまとって出てくるが、どえらく間抜けに見える。ヴォータン以外は。

フリッカが出てきてフリッカの単純なライトモチーフを歌うが、実に美しく良く通る声。シモーネ・シュレーダー。

巨人登場。なんか宇宙服のような潜水服のような不思議な服にヘルメット。

ファーゾルトが、貧しくても楽しい家族を持ちたいだけと歌うところで、フライアが駆け寄ろうとして兄弟に止められる。妻屋が引き続きファーゾルト。いいなぁ。それに対してファフナーのヒューブナーはいかにも悪そうな感じでこれまた良い。

フライアは実に微妙な立ち位置の人格で、生涯リンゴのおもりをするだろうと考えると、ファーゾルトとつつましく暮らせばむしろそのほうが良さそうなくらいだ。

ドンナーとフローが見事なまでに神の愚かさを示す。

ローゲ登場。黒い服に赤マントで、マントをひらひらさせながら走りまくる。とても学芸会っぽいのだが、悪くない。大体ローゲの演出はハゲの執事風が多くて、すごく嫌なのだが、マントのせいで多少は軽やかだ(おれの理想のローゲは、ベルリンバレエでマラーホフが演じた、真っ赤な逆立つ髪で優雅に踊る半神なのだ)。

ヘルデンテノール役のグールドにローゲを演じさせるというのは成功しているように思う。老獪な陰謀家ではなく、若く進路に悩める才人が生き残りをかけて知恵を回らせている印象を与える。

半地下にニーベンルング、2階に坑道を縦に配して3幕。

チャンカチャカチャの金属音が凄まじい。音づくりが見事だ。

炎をうまく使う。ニーベルングの小人が運び込む黄金は蝋燭の炎のようだ。死の都もヘルンシキの演出だったが、あれも思い出は灯篭のような火を中に灯した箱として示されていた。暗闇に小さな無数の炎というのはヘルンシキのお家芸か? とか考える。

ローゲが火を点けてミーメの縄を解くのには感心した。なるほど火の神だ。

大蛇は舞台の上(坑道だったあたり)全体に顔を出現させる。こう来たか(ジークフリートでのファフナーが楽しみだ)。

蛙は右下のカーテンの影から飛び出させる。大蛇の象徴性に対して妙にリアリズムで面白すぎる。

再び天上。

指輪を無理やり抜く、指を切る(東京リング)と来て、ここでは手首から先をヴォータンが槍で落として、落とした手から外す。なんと乱暴なんだ。落とされた手は後でローゲが拾って始末に困って舞台をうろうろした挙句、左袖に投げ捨てる。

エルダはせり上がった舞台から出てくる。

フライア(なんとなく服が乱れているような演出)は全然未練もなく神々の下へ帰る。

ドンナーが雷を落とすところは、東京リングの稲光に比べると地味だが(印象がない)、これまた悪くない。

最後の入城では、5人で手を繋いで3歩前進2歩後退のような妙な動きで行われる。威風堂々でもなく、淡々とでもなく、光の申し子たちのお遊戯そのもので、ローゲではなくとも呆れかえる間抜けっぷりだ。かくして、これは滅びるべきものだ、と見ているものに強く印象付けさせる演出。

かくしてローゲはマントをひらひらさせながら退場していく。

演奏はびっくりするほど良かった。歌手もいずれも素晴らしい(フローやドンナーがもっと朗々とした間抜けっぽい歌声ならもっと良いかも)。

これは残りの3部作が楽しみだ。

それにしても、妙な物語だ。

事ここに及んでも装身具を作りたいとか言い出すフリッカ(ただしヴァルキューレではヴォータンの計画の大穴を指摘したりするので本質的にはバカではないはず)にしろ、定見がないフライア、すぐに暴力で物事を解決しようとするドンナー、ただおろおろするだけのフローと、ヴォータン以外の神の無能っぷりはすさまじい。

その脳みその程度と指向から登場人物を分類すると、

第1群:知恵もあれば能力もあり、計画指向の登場人物

ローゲ、ファフナー、ヴォータン、アルベリヒ

第2群:無能

フロー、ドンナー、フライア、ラインの乙女、ニーベルングの労働者

第3群:家族第一主義で後先の定見なし(第2群のバリエーションだが個性がある)

フリッカ、ファーゾルト(ジークリンデやグートルーネもここに入りそう)

第4群:定見はあり能力もあるがどうにもいろいろ不足している残念な人たち(2軍の人たち)

ミーメ(多分、ジークムントやフンディング、グンターもここに属する)

と、種族を問わず旗色鮮明。で、基本的に成長しない人たちなのだが、そこにブリュンヒルデのみが2→1と一人成長できるというのがミソ(ジークフリートは1の可能性を持つ2だが、1になると指輪の呪いが発動されるという微妙な状況)で、かつ超人主義思想(第1群が世界を回す)の萌芽があるところがおもしろいのだろう。


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