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日々の破片

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2016-02-25

_ 葬送の仕事師たちを読んだ

妻が図書館で借りてきておもしろいからお前も読めと寄越したので、井上 理津子の『葬送の仕事師たち』を読んだ。確かにおもしろい。

葬儀に関する仕事をしている人たちに対する聞き書きをまとめたルポルタージュだ。

最初は平塚にある日本ヒューマンセレモニー専門学校の授業風景から始まる。いきなりフューネラルディレクターコースだのエンバーマーコースだの怪しさ満載のカタカナ職業になるので、なんじゃこりゃと読みはじめると、いかさま専門学校ではなく、学生たちがすさまじく糞まじめに勉強しまくっている風景となる(まあ、こちらもシステムアーキテクトだシステムアナリストだスクラムマスターだフルスタックエンジニアだと、知らない業界の人から見れば怪しさ満載のばかげたカタカナ商売の趣があるから、知らない職業というのはそういうことなのだろう)。

そこでの学生(結構世代にも前歴にも幅がある)たちへのインタビューから始まり、その学校を開設することになったヒューマンセレモニーの会社社長へのインタビュー(これはおもしろい)、そしてパシフィコ横浜で開かれたヒューネラル見本市の風景、葬儀屋(桑名正博の葬儀を演出したという一匹狼の葬儀屋さんのインタビューがむちゃくちゃにおもしろい)、湯灌屋(死人を風呂に入れて洗う人)、納棺屋、復元屋(事故とかでぐちゃぐちゃになった人を遺族が満足できる程度に復元してお別れ可能にする人)、エンバーマー(血液を保存液に入れ替えて保存がきくようにする人。日本人がこの職業に出会ったのは朝鮮戦争で死んだ米兵を一度日本の基地に運んで、そこでエンバーミングして、それからアメリカ本国に送って、故郷で葬式するための処置を見た時点かららしい。アメリカ大陸も広いから、何日もかけて遺体を故郷へ送ったりしなければならないだろうから、当然の結果として開発、発達した手法のようだ)

そして火葬場となり、さらっと感動商売として成功しつつある人や、あっさり済ませた人(遺族側)などを交えて終わる。後書きにさらっと霊柩車の運転手がコップに水を満たせたものをこぼさないように運転するという自負を聞かされたというのが出てくるが、どの人とっても、職業への強いプロ意識がすごい人たちで、しかしこちらの知らない職業なので、おもしろくないわけがない。とんでもなくおもしろかった。

常に眉に唾をつけながら読む習性からいくと、聞き書きについては、きれいごとと本音の両側から読む必要があるわけだが、筆者自身が十分にこの業界に無知で、かつ直截的な質問をするので、それほど虚飾があるわけでもなく、むしろ本音に近いのだろうというものがほとんどで、それがいちいち興味深いのだった。

前半まではこの業界を指向する人たちが、たいてい何らかの死と向き合うことをきっかけとして、飛び込んできたように読める(後半になると団塊世代がばんばん死ぬ時代をビジネスチャンスとして飛び込んできた人たちが多くなるが、その構成自体が筆者のうまいところだ)。ビジネスチャンスと見て飛び込んできた人たちも、ビジネスを意識している以上、顧客満足を最上位にすえて考えているので、そこがおもしろい。

つまり、本書のおもしろさは、自分がだれかの死を前にして感じた忸怩たる思いを解消するために、他人の死をその故人の尊厳を最後に取り戻すための役割という崇高な使命に置くことにした人たちであるとか、死んだ人の人生の最後のステージとして遺族や参列者が心置きなく追想する場を作るであるとか、新しいビジネスとして顧客満足を最大化するであるとか、プロフェッショナルな職業人としての誇りが書かれているからだろう。その一方、本書の特に中半の復元師のあたりには3.11の影が終始つきまとう。あらためて被害の大きさに愕然とさせられるのだった(ニュースで眺めるのはマスとしての死だが、こちらは特定の個人の死になるからだ)。

特におもしろいのは、わざわざ探して取材した葬儀バブル時代(1970~1980年代あたりらしくて、1葬儀300万円が普通で、500万くらいまではいくらでもあり)にぶいぶい言わせた本人曰くぼったくりまくった人のところだ(桑名正博の葬儀ディレクターのことだ)。

とにかく本書に出てくる人たちは、ほぼ全員が、自分の職業についての疑問からか、良く勉強している。この人も御多分に漏れず勉強しまくって、当時の葬儀に大きな否を突きつける。なぜバラの花で飾れない? (=トゲがあって葬儀屋が痛いから避けられた)、なぜ菊の花?(天皇家にあやかっただけで敗戦後の流行が、なんとなく定着しただけで根拠なし)とか、理由を知って憤然と独自路線を突っ走る。そのうちぼったくりのための営業競争に嫌気がさしてぼったくり路線はやめて、独自のデザイン路線だけで仕事をするようになったという人で、この人のデザインした葬儀の話もおもしろかった。ド派手な衣装に真っ赤な天蓋、まわりに7人の小人を配して……とやったら、故人が最後に語った夢が7人の小人だったのに本当にそうなったと遺族に大感謝された話とかできすぎている(孫が7人いるというのがオチらしい)。

それ以外にも独自の話芸に指名客がついた復元師や、1日20人をこなすエンバーマー、日本で8番目のエンバーマーなど、専門職が強い人たちの話はその職業を知らないだけにおもしろい。

一方、ちょっと雰囲気が変わって来るのが火葬場のほうで、書いている内容を読むともともと被差別部落の人の職業だったらしいが(いつの時代からか?)、現在は普通にハローワーク経由の仕事に見えるのだが、いちいち差別するばかな客がいるらしい。

そこがどうも専門職としての誇りが高そうだし、直接遺族の感謝を受ける復元師や葬儀屋やエンバーマーとは雰囲気が違う(遺族にとっては霊柩車に乗る前と乗った後で職業に対する差別感が変わるのかなぁ。頭のわるいひとたちの思考回路は理解できないな)。ところが、火加減や骨の並べ方や、実にいろいろな技術が必要な仕事らしく、読んでいてえらく難しそうだ。だからか、裏で火加減調整する役回りのほうが(純技術)、表で能書き垂れて骨を拾わせる役回り(なのに突っかかってきたり露骨に蔑むばかがいる)よりも気分が楽とかいうような話も出てきて、なんともご苦労様と感じた。

で、ニュービジネスとして感動を売る人が出てくる。もともとの葬儀屋のところもいかに遺族に死者との思い出を喚起させて別れを満足させるかが肝だったわけだが、勘と経験、デザインセンスの人よりも、もっとビジネスライクにいかに感動させるかに頭を使いまくるところとかこれもおもしろい。SNSでRTされてくるくだらない感動アフィサイトを眺めると、どうも感動を売るというのが現在の一番のビジネスらしいから、それを選択した時点でなかなか賢明なのだろう。いずれにしても悪いことではない。

死体置き場の運用の話とかもニュービジネスの流れで出てきて、ここも興味深い。

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葬儀といえば、祝福王の中で主人公の神様が入院していたときに知り合った男の葬式を頼まれて、初めて独自の式を行うところが実に見事なのだが(海の中からその男が家族を見ながらにこやかに昇天していき、それを妻と子供がはっきりと感じる)、なるほどそういうことを現実に行っているのが、読経する僧侶ではなく葬儀屋とそのスタッフ(復元師ととか湯灌師とか)なのだな。

[まとめ買い] 祝福王(コミックフラッパー)(たかもちげん)

最後のほうに出てくる母親の葬儀を4万円で済ませた人の話は身に覚えがある。

祖父が死んだときは、病院から退院して家で寝るようになってからしばらく後だが、さてどうするかと死体を前に考えた。親がどうにかするだろうと思っていたら、おれが取り仕切れと言われて、困った。とりあえず、家族医から死亡証明書はもらったから、市役所に行って(その前に電話したかな)死亡届の係の人にいろいろ教えてもらうことにした。結構並んだ覚えがあるが、おれもいろいろ教えてもらったから、単純な事務処理ではないわけで、それなりに時間がかかるのも当然のことだった。

宗教が神道だというのは知っていたし(明治の頃に東京に単身出て来たから、故郷の本来の仏教系とは縁が切れたという自覚があったのだろう)、父親から神道では死んだらどう転んでも1柱の神になるんだから、石の下にでも置いておけば良いのだと子供の頃に聞かされたのを覚えているから、まあ儀式的なものは不要だというのはわかる。そんなことしなくても、子供の頃遊んでもらったことは覚えているからそれで十分だし、本人の歴史も南京やらハルピンやらトラック島やら東京裁判やらについて聞いた話も覚えている。

で、市役所の人に聞くと、とにかくまずドライアイスを買え。指定業者はこれこれで頼めばすぐに持ってくるから幾ら(5000円くらいだったか8000円くらいだったか覚えてないな)払って、それで遺体の腹のあたりに置けばしばらくは腐らないから、次に火葬場を予約しろ。予約の日時に火葬場の霊柩車を回してくれる(棺桶に入れた覚えがあるから、多分、火葬場の人が持ってきてくれたのだと思う)ので、あとは火葬して骨壺を買って中に骨入れて埋葬するようにとか、手順と手続きを教えてくれた。

で、さっそく家に帰ってドライアイスを頼むと人が良さそうなおっさんがすぐにでっかなドライアイスを持ってきてくれたので、さて死体に直接置いたほうが良さそうだが、生身だとくっついて皮がむけたりして厄介だから、相手が死体でもおそらく同じようなこともありそうだからタオルを敷いてその上かなとかいろいろやった覚えがある(というか、ドライアイスを持ってきたおっさんがタオルを敷いてから置けと教えてくれたような気もする)。

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火葬場の予約はすぐ取れて、棺桶を霊柩車(ワゴン車)で持ってきてくれた(のだろうな)のでそれに入れて(火葬場の人が手伝ってくれたような気がする。釘を石で打ったりは無し。葬送の仕事師たちにも出てくるが綿を詰めるのをそのときやってくれたような記憶があるような模造記憶のような)、あとは火葬場に直行。途中、祖父に世話になったという親戚の人が合流してちょっとお別れして燃やして骨を拾って骨壺(多分、火葬場で買ったのだと思う)に入れて、全部で5万円かからなかったような気がする。(とにかく金がかかると聞いていただけに、あまりの安さに信じられなかったのを覚えている)

骨壺がやたらとでかくて、なんでこんなにでかいのかと思ったら、骨も結構な量があって、結局ほぼほぼいっぱいになって、なるほどこのサイズが必要なのだなと思ったが、葬送の仕事師たちを読んだ今となっては、そうではなく、その骨壺に合う量を残す火加減だったということだとわかる。見事な技術ではあるが、あれは重くて厄介だから、おれはあんなに骨はいらないからもっと念入りに焼いて欲しいところだ(関西は関東より遥かに少ない量にするらしい)。

ドライアイスであそぼう(板倉聖宣)

ところで、23区内の火葬場は全部で9場、そのうち2場が公営で残り7場が民営のうち、6場が明治に木村荘平が作ったと出ていて、あーと思い出した。

明治政府は廃仏毀釈で火葬禁止令を出してすぐに撤回したわけだが、明治維新を奇貨として牛鍋チェーンと火葬場という両輪でモダンビジネスを始めた木村荘平の物語は山田風太郎で読んだことがある。『いろは大王の火葬場』だ。ビジネスの組み合わせが絶妙でなかなか火葬になる人がいないという話だったが読み返してみようかな。

明治バベルの塔 ――山田風太郎明治小説全集(12) (ちくま文庫)(山田風太郎)


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